FC2ブログ

古井由吉の「神の手」

 前回の記事で、私は古井氏について書く時、古井氏のセクハラの噂について書くべきかどうか迷った。結局書かないことにしたのだが、それはあくまで文学は文学の内部で批評されるべきだと思ったからである。この考えは原則変わらないが、しかしその後山崎ナオコーラが古井氏に尻を触られる被害を受けたことをエッセイに書いたので、私も自分の聞いた話を書いておくべきではないかと思い、記して置く。
 私が聞いた話は、山崎氏(この話は知らなかった)ではなく別の女性作家の話(ゼロ年代初め?)である。この話はちょっと入り組んでいて、古井氏が文壇バーで同席していたその女性作家の身体(部位は不明)を触ったところ、同席していた大手文芸誌の編集者は、古井氏をたしなめないで、同じく同席していた別の非文芸誌の編集者を犯人として怒鳴りつけたと言うものである。身に覚えがないのに怒鳴られた後者の編集者は大変憤慨したとのことで、冤罪の悔しさを、酒席の与太話として私に直接何度か話した。
 これは山崎氏の「私以外の作家や編集者もこのことを経験していると思う」という言葉を傍証する噂話である。別に私が情報通というわけではなく(この話をした人は私が今出会って顔が分かる数人の編集者のうちの一人である)、きっと他の場所でも話しているだろうから、おそらく多くの人がこの話を知っていると思う。その女性作家自身は古井氏の仕業と分かっていて、後でそのことを別の文芸誌の編集者に相談したところ、「神の手と思ったらどうですか」という意味のことを言われたと言う。この話はあくまで、私が冤罪被害を受けた編集者氏(名前を出さなければ書いて良いと言われた)から聞いただけのものに過ぎないが(ちなみに古井氏と関係はないが、この女性作家は後に、年下の女性作家を差別語で罵ったために文壇バーを出禁にされたという)、ただ「神の手と思え」という言葉があまりに象徴的なので、記録に残したい気になった。それは「おれの女になれ」(毎度持ち出して済まないが)と同じくらいインパクトのある言葉で、古井氏の問題が、氏自身だけではなく、氏をとりまいていた文壇共同体全体に関わるものであることを示すものには違いない。
 渡部氏の場合も、渡部氏を「師匠」と仰ぐ別の教員(市川真人としか考えられない)が「もうおじいちゃんなんだから」と言って被害者をなだめようとしたという印象的な話が伝わっているが、渡部氏が「おじいちゃん」という人間のカテゴリーなのに対して、古井氏が「神」とされるているところが、批評家と小説家、「大学」教員と「文壇」人の「格」の違いだろうか。古井氏は「文壇」の神々の一人であり、その手は「神の手」であって「人の手」ではなかった。「神」である故に古井氏は、生前に他者と出会わなくて済んだ。
 河出書房新社『古井由吉 文学の奇蹟』に再録された吉本隆明「古井由吉について」は、古井が「男ガ女ヲソウ思ウト、女モカナラズソウ応エルモノダ」と信じている節があると指摘した上で、「もしそういう信がゆらいだらどうなるか」と問いかけているが、結局その「信」は揺らぐことはなかったようだ。吉本は同じ文で「本質的な意味で背徳的な怖ろしい作家が、日本にあってもいいような気がする」とも述べているが、文章の達人的境地ばかりが無内容に讃美されている古井の文学を、徹底的に俗悪な「背徳的な恐ろし」さの可能性において読み破ることが、古井文学を真に追悼する道かもしれない。『仮往生伝試文』を少し読み返してみたが、結局古井が「おじさん」受けするのは、その「ニンフォマニア」プラス「良妻賢母」的女性観が癒しになるからな気がした。私の言葉を使うなら、古井文学は、「東アジア的専制主義」の最も洗練された表現と言える。
 もちろん「神」とは文壇の中だけの話であって、一般社会の中では古井氏はただの凡庸な人間に過ぎない。渡部氏は「映画芸術」468号で、「たまたま会った電車の中で近づいてきて身体が触れた、エレベーターの中で背中を押した、コンパの時に肩を触った、食べ物を手で渡したといった事柄」は「わたしのきわめてアナログな主観からいえば」「男女を問わず誰にでもしてしまう「スキンシップ」のようなものだった」と弁明しているが、古井氏の行為もそのような「アナログ」な「スキンシップ」の一種だったのかもしれない。氏は徳田秋声の男性主人公の振る舞いを、ちょっと成功して小康を得た中小企業の叩き上げが、旺盛な「生活欲」のまま頽廃に陥って行く有様にたとえていたが、氏の「触り魔」ぶりも、高度経済成長を勝ち抜いた昭和日本のサラリーマン企業戦士の典型的な手癖の変奏形態だったと見ることができる。
 私は「セクハラ警察」を気取りたいわけではない。たとえば渡部氏のことをインターネットで匿名で叩いている人々は、多くが小説家ファンで、要するにこれまでの渡部氏の作家への批評的な毒舌ぶりへの反感を「江戸の仇を長崎で討つ」的に表現し、鬱憤を晴らしているに過ぎない。批判するなら実名でやってリスクを引き受けなければ卑怯だし、自分は正義を行使しているつもりで新たなハラスメントの暴力を反復するだけだろう。渡部氏の批評はそれ自体として読まれなければならない。古井氏の本が今後も出版されて行くだろうように、渡部氏が本を出し続けることも自由である。批判したければその内容に対して向ければ良い。
 逆に古井氏の行為など大したことはなく、カメラマンの広河隆一の事例などとは同じ次元では判断できないという意見もあるかもしれない。実際「神の手」という言葉がなければ、私も書かなかった。そもそも山崎氏は「古井さんをまったく責めたくないし、うらんでもいない」と書いている。これをそのまま受け取るなら、古井氏の行為は「セクハラ」ではないとすら言える。山崎氏は、亀井麻美氏に「古井由吉が「文學界」2008年4月号の「十一人大座談会」の集まりで隣に座っていた山崎ナオコーラさんのお尻を2度にわたって撫でたというどうでもいいことが書かれている記事」とツイートされ、「まあ、セクハラなのでどうでもいいことではないですよね」と反論しているが、山崎氏の書き方も曖昧だったように見える。古井氏の行為が「どうでもいいことではない」「セクハラ」であれば「まったく責めたくないし、うらんでもいない」という言葉は矛盾している。山崎氏が古井氏の行為を「セクハラ」と考えたいのなら、むしろ古井氏を積極的に責めて、恨むべきだろう。氏は『源氏物語』を称揚して「主語は重要ではない」と書いているので、はっきり書かない文章をよしとしているのかもしれないが、この曖昧さの中に、古井文学が世故長けた「大人の文学」として生き延びて繁茂した温床があるように見える。
 他者の身体を「触る」行為が「セクハラ」かどうかは、結局触られた側がそれを被害と感じたかどうかによって決まる。古井氏と渡部氏の違いは告発されたかされないかの一点に尽きる(厳密に言えば、大学と違って文壇は制度としてあるわけではないが)。そして古井氏が批判されないで済んだのは、「神の手と思え」という類いの殺し文句が象徴する文学神話(山崎氏の言葉が曖昧なのも、「文学」への信仰を傷つけたくない気持ちが働いているのかもしれない)のおかげだったように見える。
 いずれにしろ山口敬之を擁護していた小川榮太郎という自称「文藝評論家」が、にわかに古井文学を読み出して絶賛しているのをツイッターで見たりすると、何だかなあという気持ちにはなる。実際古井氏は思想的にも企業戦士と同程度の保守主義者であると思うので、小川氏のような人に賞讃されるのは当然とも言える。むしろなんとなくリベラルな人たちが古井氏を愛読する方が、不思議な現象ではある。それはそもそもリベラルな人は、ある程度生活に余裕のある生活保守主義者であり、もちろん企業戦士の同類でもあるということで説明がつくのだろうか。
 かつて酒鬼薔薇事件が起きた時、『文藝』が「人を殺してはなぜいけないか」を特集したことがあったが、「人を殺す」ということは、文学の中では今はありきたりで陳腐で、最初から答えの用意されている安全な問いに過ぎなくなってしまった。それよりは「人を犯してはなぜいけないのか」が問わなければいけないのではないか。山崎氏は「時代が進めば性別もいらなくなる」と書いているが、たとえ「性別」がなくなったとしても(そんなに簡単ではないだろうが)、「人」が「人」を「犯す」ことはなくならないのではないか。氏は「おそらく、少し前の時代には、性別が違う人間を触る文化があったのだろう」と書いているが、同性同士の性的関係が当たり前になりつつある現在。性別が同じ人間を触る「文化」もいずれ(あるいは今すぐ)批判にさらされるのだろう。
 山崎氏の文章を読んだ流れで、コロナで誰もいなくなった大学の学生室に置かれていた「群像」の批評特集「「論」の遠近法」の中の大澤信亮「非人間」を読んだが、それはまさに「人を殺す」ことについて「文学」的に考えることが、いかに花鳥風月的伝統芸能になっているかの典型例に見える。大澤氏は二十年間個人的に気になっていたという通り魔殺人事件について縷々自分語りをしているのだが、秋山駿以来の伝統的文芸批評のお座敷芸を見ている気にしかなれなかった。自分は子供のころから「キレ」やすい人間だったといった「キレ」自慢が、結局パワハラ体質を自分から告白することで正当化しようとする「私小説」的告白の劣化形態にしか見えない。大澤氏は編集者と一緒に犯人の故郷に旅行したようだが、その旅費はどうなっているのかとか、つまらないことばかりが気になった。
 特に前振りで、中上健次の「十九歳の地図」の「かさぶただらけのマリアさま」のモデルとされる小林美代子の自殺を論じている部分は、違和感が強かった。大澤氏は、中上が「十九歳の地図」を書いたことが小林の自殺につながったかもしれないことについて、「自分が殺してしまった」という焦燥に駆られていたのではないかと推測するのだが、それでは小林が自殺しなかったら問題はなかったのかと問いたくなる。問題は中上が小林をモデルに書いたことそのものであり、それはまず第一に「殺す」ことではなく「犯す」こと、傷つけること、侵犯することの責任の問題の圏内の出来事ではないか。
 「犯す」ことと「殺す」ことの違いは何か。それは前者において被害者が加害者に対して応答可能性を持つのに対して、後者では応答可能性を持たないことである。「殺す」ことは、その意味で「犯す」ことより無責任であり、文学的カタルシスによって美化しやすい。大澤氏が、「加害者の人権」を守ろうとする「人権論者」に怒りを抱く犯罪被害者の遺族に一定の理解を示しつつ、それにもかかわらず加害者を「文学」の名によって理解しようとする時、ドストエフスキーの名前を出すのは典型的な身振りである。この連載は短期集中連載とのことで、まだ全体が分からないので確かなことは書けないが、大澤氏は「加害者の人権」ではなく「加害者の神権」とでも言うべきものを守りたいのだろうと察せられる。
 小林秀雄・秋山駿から山城むつみ、そして大澤氏と、ドストエフスキーに触発された批評家たちは、みなそれぞれの仕方で「加害者の神権」を文学的に称揚して来た。「加害者」は「人殺し」になることで「神」となりうる。「被害者」は「被害者」であるが故に「神」になりえず「人」でしかない。「殺す」ことを問うことは「人」を「神」に引き上げ、「犯す」ことを問うことは「神」を「人」に引き下げる。前者が人気のある文壇批評家しぐさなのは当然である。大澤氏は二十年こだわってきたという殺人事件のテーマについて、二十年前にはあった加害者と共通する「怒り」が今は自分の中にないことを告白し、「私にはこの文章を書く資格はないのかもしれなかった」と反省してみせているが、まさに資格がなく、「殺意」がなくなってしまったからこそ、「群像」誌が安心して大澤氏に原稿料を払って書かせているという構造に、自覚はあるのだろうか。かつて「重力02」で私の批評に対して自信満々で立ち向かってきた大澤氏の童顔を思い浮かべて、二十年という時間を改めて考えさせられた。 
スポンサーサイト



プロフィール

大杉重男

Author:大杉重男
批評家。著書に『小説家の起源-徳田秋声論』『アンチ漱石-固有名批判』

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR